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東京地方裁判所 昭和24年(行)113号 判決

原告 川野喜之助

被告 江戸川区農地委員会

一、主  文

被告が昭和二十四年六月二十日に定めた、原告所有の東京都江戸川区鹿骨町四百十一番地宅地六十五坪に対する宅地買収計画は、無効であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、請求の原因として、又被告の答弁に対して、次のとおり述べた。

被告は訴外大森正之助の買収申請に応じて、原告が右大森に賃貸していた原告所有の東京都江戸川区鹿骨町四百十一番地宅地六十五坪について、自作農創設特別措置法第十五条第一項にもとずいて、昭和二十四年六月二十日宅地買収計画を定め、同日これを公告した。

しかしながら、前記法条によつて買収できる宅地は、自作農となるべき者が買受けた農地に地理的に附属している関係にあるばかりでなく、主として買受農地の利用に供されるという意味において耕作上も従属的な関係にある土地でなければならない。一般的にいつて住宅の敷地のごときは、本条による買収の対象となり得ない土地である。しかるに、大森正之助は農地改革によつて国から農地を買受けて自作農となつた者であるには相違ないが、本件宅地は同人が従来から専ら住宅の敷地として利用してきた土地であつて、買受農地と耕作上の従属関係がないばかりでなく、地理的にも数丁離れていてこれに附属する関係にはないのである。

即ち、本件宅地買収計画は、法律上買収することのできない土地について定められたものであるから、当然無効といわなければならない。よつてその無効確認を求める。

行政処分の無効確認を求める訴も行政処分の取消を求める訴も、ともに行政処分の違法を攻撃する訴であることにおいて共通の性質を有するのであるから、行政事件訴訟特例法中違法行政処分の取消を求める訴に関する規定は、その性質に反しない限り行政処分の無効確認を求める訴に類推適用すべきであり、同法第三条はかかる類推適用を相当とする規定であるというべきである。故に原告が江戸川区農地委員会を本訴の被告としたのは正当である。

かように述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答えた。

本件行政処分の無効確認を求める訴は、国との間の公法上の権利関係に関する訴訟であるから、原告の本訴請求は、国を被告とすべきであつて、被告農地委員会には当事者適格はない。のみならず、本来独立の法人格を有しない行政庁は、抗告訴訟についてのみ便宜上法律で訴訟当事者となりうることを認められているのであるから、行政処分の無効確認を求める訴訟については、当事者能力ももつていない。原告の本訴請求は、これらの点ですでに失当である。

次に、原告の主張する事実のうち、本件土地が大森正之助の住宅の敷地としてだけ利用されている土地であるとの点は否認し、(本件土地は住宅の敷地であるとともに農業経営上の用にも供されている)その他の事実は認める。本法第十五条によつて買収できる宅地は、自作農となるべき者の買受農地との間に原告の主張するような附属性、従属性をもつていることを必要としない。自作農となるべき者が賃借権、使用貸借による権利又は地上権を有する宅地であれば足りるのであり、そして、本件宅地についてかかる要件がそなわついてることは、原告自身認めるところである。

いずれにせよ、原告の本訴請求は失当である。

かように述べた。(立証省略)

三、理  由

被告は、「原告の本訴請求については、被告には当事者能力も当事者適格もない。」と主張するから、まずこの点について判断する。

行政処分は、その有する瑕疵が極めて重大である場合には無効な処分として、始めからその効力を生じない、従つて、行政処分の無効を確定する判決は、単に確認的性質をもつたにすぎない、とされるのに対して、行政処分のもつ瑕疵が比較的軽微な場合には取消しうべき処分として、取消権限を有する行政庁の取消処分又は裁判所の取消判決があるまでは一応有効であり、従つて裁判所の取消判決は形成的性質をもつとされる。かような点において、違法処分の取消を求める訴と無効確認を求める訴とはその性質を異にするということができる。しかしながら行政処分が無効というべきか或は取消しうべき処分にすぎないかは、実定法上必ずしも明白とはいえないのみならず、行政処分の取消を求める訴も無効確認を求める訴も、ともに行政処分が違法であることを攻撃することによつて、当該行政処分が存在していることから生ずる国民の損害(権利、利益の侵害)を排除しようという点において目的を共通にするのであるから、訴訟上この二つの訴を常に厳格に区別して取扱わなければならないとする必要はない。むしろ、行政事件訴訟特例法中の違法行政処分の取消を求める訴に関する規定は、前記無効処分と取消しうべき処分との性質上の差異を考慮しなければならない規定を除いては、一般的に行政処分の無効確認を求める訴訟に準用するがよいと解するのが相当である。ところで、同法第三条は行政処分の適法性を争う訴訟において、直接に処分をした行政庁に形式上当事者能力と被告適格とを与えて訴訟遂行上の便宜を図ることを意図した規定にすぎないのであり、行政処分無効確認訴訟において処分行政庁を被告としてはならないとするほどの実質的な理由はない。行政処分の効果として生ずる権利関係、法律関係の主体を訴訟上の当事者とすべきであるという考えに立つにおいては、そもそも抗告訴訟においても処分行政庁を被告とすること自体おかしいのであり、一方抗告訴訟の重点を行政処分が適法に行われたかどうかを争うという点におく限りは行政処分無効確認訴訟においても処分庁に当事者能力被告適格を認めて差支えないのであり、むしろそれが便宜である、といえるのである。行政処分無効確認訴訟については、同法第三条の準用がある(処分行政庁を被告としてもよいという意味において)、と解するのが相当である。

原告が被告農地委員会を被告として本訴を提起したことは、適法であつて、この点に関する被告の主張は採用できない。

さて大森正之助の買収申請に応じて、原告所有の本件宅地につき、被告が自作農創設特別措置法第十五条第一項にもとずいて、昭和二十四年六月二十日宅地買収計画を定め、同日これを公告したこと及び本件宅地が大森正之助の住宅の敷地として利用されていたことは、当事者間に争いがない。

原告は、「本件宅地は同条によつては買収することができない宅地に属する。」と主張するから、同条にいう「宅地」の意義、範囲を明らかにしておかなければならない。

本法の目的は、第一条に明言するとおり、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるために自作農を創設し、又土地の農業上の利用を増進することにあるのであつて、その直接かつ主眼とするところは、端的に法律がその名称にとつている自作農の創設にあること明らかである(右第二の目的達成もまた本法によれば自作農の創設を通じて支柱として期待されている)。そして、自作農創設の眼目は、何より小作農に農地を所有させることにあるのである。本法が農地の買収と買収農地の小作農への売渡に関する規定を骨子として構成され、その他の規定の大部分がこの事業を側面から助成、促進する補助的目的をもつ規定として設けられているのも、そのためである。

ところで、農業経営は農地だけによつてできることではなくその農地の耕作に当つて直接必要とする諸種の物件、権利が伴なわなければならないのであるから、自作農経営としても、農地の所有に加えて、かかる物件、権利を併有してこそはじめて独立の自作農となることができる、といわなければならない。そこで、本法は第十五条でかような物件、権利として、農業用施設、水の使用に関する権利、立木、牧野、宅地及び建物を指定し、これらを農地とともに買収して小作農に開放する道を開くことにした。かくて、本条も農地開放という中心事業に奉仕する脇役としての地位を占める規定の一であるということができる。従つて、本条にあげている物件、権利の開放は、農地の開放をして真にその実効あらしめるべき補助的機能を果すものであり、いいかえれば、農地の開放はこれら物件、権利の開放と相まつて完成し、これら物件、権利の開放は農地の開放に伴つて始めてその意義をもつ、という関係に立つのである。かような意味において、本条による買収は農地の買収に附随すべき性質をもち、本条によつて買収できる物件、権利は、買収農地の利用上直接必要欠くべからざるものであつて、又主としてそのために使用されるものに限る、とするのが相当である。

かくて本訴にいう宅地もまた、自作農となるべき者が買受農地の利用上直接必要欠くべからざる土地であつて、又主としてそのために使用される土地を指す、といわなければならない。同条第一項は、買収できる「農業用施設」、「水の使用に関する権利」及び「立木」については、「第三条の規定により買収する農地又は第十六条第一項の命令で定める農地の利用上必要」という要件を明示し、「牧野」「宅地」及び「建物」については、右の要件を明示していないけれども、前記本法及び本訴の趣旨からいつて、後者についても右の要件は当然のこととしている、といわなければならない。

住宅及び住宅の敷地は、人間生活の根拠であり、従つて農民にとつてもまた農民生活の根拠であることは明白である。生活に根拠なくして農業経営を行い得ないこともまた明らかである。かような意味においては、住宅の敷地に利用されている宅地は農業経営上必要にして欠くべからざるものである、ということができるであろう。しかしながら、これをもつて直ちに買受農地の耕作上直接必要欠くべからざるものとすることはできない。それは、あたかも生命を支える食物が農業経営に必要欠くべからざるものであるにしても、買受農地の耕作上直接必要欠くべからざるものということができないのと同じである。

ところで、宅地が住宅の敷地であると同時に買受農地における耕作に附随する作業場又は農器具収納所の敷地としても利用されている場合、例えば買受農地における収穫物の乾燥、脱穀のために使われ、買受農地において使用する鋤鍬等の収納場所となつている場合は、どうであろうか。わが国農家の大半を占める中、小農家で、その住宅の一部又は住宅の敷地となつている宅地を、右のような農耕作業に附随する作業場又は農器具の収納場として利用していない家は、殆んどないといつてもよいことは、顕著な事実である。従つて、かようなものが農地の耕作上必要な宅地といえるならば、自作農となるべき者の住宅の敷地は殆んどすべて、買受農地の利用上必要な宅地にあたる、といわなければならないことになる。そして、かような宅地の買収が認められると、たまたま少しでも農地の開放を受けたものは、そのついでに、住宅の敷地まで買受けられるに反して、専業篤農の者であるに拘らず農地を買受けることができなかつた者は(例えば純然たる自作農または在村地主の小作人の大部分は)、ほかから借りている住宅の敷地を買受けることができないという、著しい不公平な結果が生ずることになる。耕作農地中買受農地の割合が大きい者だけが右のような宅地を買受けることができるとか、或は当該宅地が、住宅の敷地としての利用度よりも買受農地の耕作に附随する作業場又は農器具収納場としての利用度の方が大きい、という場合に限つて買収することができるとかいつた解釈により、右の不公平な結果をいくぶん緩和できるとしても、本法の解釈に当りかかる差別を設ける合理的根拠は見出し難いのみならず、その差別の基準もまた本法中には見出だすことができないのである。さらに、宅地が右のような農業経営上の用にも当てられているとしても、それが全体として住宅の敷地と観念される限りにおいては、借地法による保護を受け、住宅の所有者は充分に住居の安定を得ることができ又その宅地の利用を享受することができるのである。農家の敷地であるというそれだけの理由から借地法による以上の保護を与えなければならないとする根拠も、とうてい見出だすことができないのである。

ここに注意しなければならないことがある。本法第二十八条、第二十九条によると、第十五条の「宅地」を買受けたものが、買受農地について自作をやるときには、政府は、その農地のみならず、「宅地」をも買取り、これらを自作農となるべき者に売渡さなければならないのである。即ち、第十五条にいう「宅地」は住宅の敷地を含むという解釈をとると、たまたま少し農地を買受けたことによつて、住宅の敷地をも買受けることができた者は、その買受農地について自作をやめるにおいては、住宅の敷地の所有権を失うのみならず、もはや右地上に住宅を存置する権原さえもたないことになるのである(買受前にもつていた借地権、使用貸借による権利又は地上権は宅地買受によつて消滅したからである)。かような不合理が許されないことは当然のことといわなければならない。第十五条にいう「宅地」をもつて、買受農地の耕作上直接必要にして欠くべからざる土地、そして主として買受農地の耕作上利用されている土地と解することによつてのみ、右の不合理な結果を免れることができるのである。即ち、法の体系からみても、第十五条の「宅地」の意義、範囲についてさきに説明したところが正しいことがわかるのである。

かくして、およそ住宅の敷地は、その一部が耕作の業務にも利用されているとしても(わが国の農家では、それが通常の状態である)、本条にいう「宅地」の中には含まれない、といわなければならない。昭和二十四年六月二十日公布法律第二百十五条によつて、新たに挿入された本条第二項は、本条によつて買収できない「宅地」「建物」の基準を規定しながら、必ずしも前記解釈を明示する表現を用いていないけれども、一方前記解釈に矛盾し、又は否定するような趣旨も現わしてはいない。しからば、本法全体からみると、前記解釈が正論であるといわなければならない。

さて、証人皆川芳勝、大森正之助の各証言と、検証の結果とを合せ考えると、本件宅地については、次のとおり事実を認めることができる。

本件宅地とその東側に隣接する同町四百十二番地の土地約六十坪(大森正之助が訴外山崎某から賃借している)とは、その周囲に垣を廻らし、一画をなし、これは、大森正之助の使用する唯一の宅地となつている。そして、本件地上には、同人所有の純農家風の住宅建坪約十八坪一棟が建てられている(一部台所は右隣接地の上につき出ている。)本件宅地中右住宅の北側にある空地には豚舎、温床が設けられ、東側の空地と右隣接地の西側とが相合して庭をなし、その庭では稲の乾燥など農耕作業に附随する作業が行われ、右住宅の一部には農産物、農器具を収納する納屋、物置があるけれども、全体としてみて、本件宅地は右住宅の敷地になつている。そして買収農地はここから数町離れたところにある。かように認めることができる。

かように、本件宅地は明らかに、大森正之助の住宅の敷地であると認められるのであるから、本法第十五条にいう「宅地」には含まれないものというべく、従つて、本件宅地について定められた本件買収計画は違法である、といわなければならない。

ところで、土地の買収というごとき国民の重要な権利に侵害を与える行政処分が、法律で買収できる旨定められた土地以外のものについてなされた場合には、その違法性は極めて重大であるといわなければならない。本件買収はまさにその場合に当る。そして本件土地が住宅の敷地であることは、前記のとおり極めて明白である。

かように重大な瑕疵あることが客観的に明白な行政処分は当然無効であると解するを相当とする。従つて、被告が本法第十五条にいう「宅地」の意義を誤り、住宅の敷地もまた右「宅地」に含まれると解して本件買収計画を定めたにせよ、或は本件宅地を大森正之助の買受農地の利用上直接必要にして欠くべからざる土地にして又主としてその目的に使用されている土地であると誤り判断して本件買収計画を定めたのであるにせよ、いずれにしても法律上買収し得ないこと明白な土地について定めた買収計画である本件買収計画は当然無効である、といわなければならない。

原告の本訴請求は、正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 新見俊介 西村宏一)

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